月別アーカイブ: 2011年1月

“Sarcasm”と”Irony”の違い

ゴールデングローブ賞の授賞式で司会を務めたイギリス人コメディアンのジョークが全然笑えなかったり、二重被爆者をネタにするTV番組が放映されたりと、最近何かと口の端に上るイギリスのユーモアセンス。

同じ英語圏でもアメリカ人とはメンタル面で全く違う人たちなのだな、というのがようやくここ一年実感としてわかってきた。アメリカ人のESLの先生などはよく”British are sarcastic.”と言っていたが、sarcasticは「嫌味な」「口の悪い」という意味で、渡米してから知った英語の中の一つ。これを私は日本語で「皮肉屋」だと変換していた。
が、前学期の英作文(English Composition)の授業で、たまたまこのsarcasm「当て擦り」とirony「皮肉」の違いが出てきて、この二つが重なるところもあるものの、全く別物だということが分かったので、その違いについて書いてみる。

分かる人はあっさり違いが分かるんだろうが、アジア系のクラスメイトがみな頭に「?」を乗せていたし、分かりにくいよなーと思ったので。

英辞郎を見ると、それぞれの意味は以下の通り。

  1. sarcasm【sɑ́ː(r)kæ̀zm】[名]嫌み、嘲り、当てこすり、皮肉
  2. irony【ái(ə)r(ə)ni】】[名]皮肉、反語、アイロニー、成り行き、当てこすり、風刺、奇遇

このように、重複している言葉で説明されていはいるのだが、これらは全く同じ意味では無い。ややこしいのは、ある状況がsarcasmであるけどironyではない場合もあれば、逆の場合もあり、どちらにも当てはまる場合もあるということだ。

(さらに…)

先生が生徒に評価されます

近くの大学でいくつかの授業を聴講した私ですが、秋学期が終わったのが12月頭。無事成績も返ってきてバケーションに行ったりマラソン大会に出たり昼まで寝たりと我が世の春を謳歌してました。
そうしたらあっという間に春学期が来週から始まってしまうではないですか。
いくらだらしのない私でも、秋学期の〆の記録をせねばとPCを開くわけです。

さすがに4カ月も授業に出ると、日本の大学との違いに「ほほー」となることも少なくなりますが、最後の最後に大きなカルチャーショックが来ました。学生が教授を評価する仕組みです。

今でこそ日本でも学生による評価制度があるのかもしれませんが、私が大学生だった当時はそんな評価はしたことありませんでした。(あれ…なかった、たぶん)
評価は教授が学生に対してするもので、その逆は無いという認識でした。なので、その仕組みを聞いたとき、とりわけ正規の大学生に比べると学費も雀の涙程度である聴講という身分にも関わらず評価を求められたときは驚きました。
評価レベルは1-5まで、教授本人に対する評価・授業内容に対するそれぞれの評価を数字でマークシートに塗りつぶします。学生が書きこんだあとの紙はもう教授は触ることができません。なので、全員が記入した紙はクラス内の学生がまとめて大学の管理部に届けます。

触ることすら禁止されるって、この評価が将来にどの程度影響あるのだろう、と思いましたがビジネスの教授によると、彼女の知人で3回連続で評価の悪かった教授がその大学をクビになってしまったそうです。失職…なんてシビア。でも、「モノを教える」という教育と言う名のサービスが仕事の人が、顧客(学生)の満足いくようにサービス提供できなかったわけでそれもそうかと。

自分の大学時代を振りかえると本当に時間の無駄だった、という授業をかなり受けた記憶があります。(Journalistinという発音を延々と繰り返すだけのドイツ語の授業とか)。この人は発音学の権威、おもしろいはず、と暗示をかけないと座ってもいられないほど苦痛でした。でもどう考えてもやっぱりつまらない授業だった。あのとき学生の側から教授を評価することができたら、自分の飲み込みの悪さは棚に上げて、いかに意味のない授業か、つまらないか、声を上げる機会にはなっただろうに、と惜しい気持ちがします。

初めての南米旅行#6 -Buenos Aires

いかん、記憶が薄れてしまっている。初の南米旅行で訪れた最後の都市はアルゼンチンの首都、ブエノスアイレス。「南米のパリ」と呼ばれるブエノスアイレスはボリビアから来た私たちに「これらの国々を近くにあるからと言って”南米”とひとくくりすることは無謀」という第一印象を残した。ブエノスアイレスのローカル人達は「ポルテーニョporteños」と呼ばれ、それ以外のアルゼンチンの国民と気位だとか感覚的に深い溝があるそうだ。

一週間という長丁場の滞在だったが、見どころがたくさんあるので今日はあそこ、明日はあそこ、明後日は気に行ったからまたここ、と一向に飽きさせない引き出しの多さ、そして深さ。恐るべしブエノス。地球儀を見ると日本の丁度裏側なので、時差も丁度12時間。それだけに距離的に最も遠い外国なので、近辺諸国に飽きた旅行好きにもってこいの目的地だと思う。

建物の美しさ見どころの多さはガイドブックに譲るとして、私が一番よかった、というか楽しんだのは食事。ガイドブックによると(Lonely Planet – Buenos Aires)ブエノスアイレスはイタリア・スペインからの移民が多いので、ジェラートはもちろん、本物のイタリアン・スパニッシュ料理が根付いているということだ。
イタリアンが大好きなのに、アメリカナイズド・イタリアンの、そうめんみたいなパスタの柔らかさに辟易している私には、口に入れるもの全てがおいしくて仕方なかった。リゾットのおいしさも知った。イタリア風雑炊というイメージだったけど…全く別物じゃないか!
デザートも至福。砂糖を煮詰めたキャラメルはただ甘いだけではなくほろ苦い。アメリカのお菓子は甘すぎる、と外国人は皆言うけれど、砂糖をどっさり入れるの(味覚破壊型)と、砂糖を溶かす温度で甘さを調節するパティシエの技とは違うのだと。甘いけれども手が伸びる、自分では絶対に作れない、そんなプロのデザートを食べることができた。

そしてなんてことのない路地にある風景の味わいの深さ。これは年輪というやつなのか。人が一日を繰り返していればどの場所もいつかこのような情緒を生みだすのだろうか。
彫刻が施されているような古い重々しい建物に生々しく残る落書きに眉をひそめる人もあると思うが、これも2001年の通貨危機の残滓で不安定な政治・経済に対する若者からの不満のあらわれだと思うと、ただ綺麗なもの・美しいものを見ただけで感じない、生々しい感覚に浸ることができる。景観用に屋根は全て赤く塗らなければいけない町は美しいけれど、そういう町ばかりだと満たされない部分がそろそろ出てきたので。

ほめちぎりだけど、旅行としては長いとはいえたった一週間の滞在、危ない場所も危険もあるはずだがそれは今回免れることができたというだけ。それでもこの手ごたえは全くもって捨てがたい!ぜひまた行きたい場所・国になった。いかんせん、ご飯がおいしくて、旅情があって、タクシーの運転手も優しいし高山病もないとくれば…(←やっぱり空気は大事)
あと4年の滞在中にまた行きたいな、と。

ハーフマラソン完走したよ!

1月8、9日にフロリダ、オーランドで開催された、Walt Disney Marathonに出てきました!
初ハーフマラソンの挑戦でしたが、めでたく完走できました。わーパチパチ。

年明け早々このビッグチャレンジが待っていたため、旅行から帰って来てもどこか落ち着かなかった私。前月重い腰(尻)を上げてトレッドミルで黙々とトレーニングしてましたが、その総距離は恐らく20kmもいかず。本番ではその距離を一度に走るわけで、今思うともうちょっと練習しろよと思いますが何はともあれ自分に完走おめでとう。
(さらに…)

初めての南米旅行#5 -La Paz

ラパスではウユニから戻ってきた後市内のホテルに二泊。
一番ホテルさんという、ラパスで唯一日本人が経営しているホテルに泊まったのだが、このホテルには本当にお世話になった。ウユニから再び夜行バスに乗って戻ってきたとき、私は高山病と寝不足でふらふらでその上夫ともくだらないことが原因で険悪になっており、ほうほうの体でホテルに行きついたのだが、オーナーの南雲さんは6:00という早朝にも関わらず部屋に通してくれた。雪駄を履き、どちらかというと厳格な印象の方だったので、最初は「なんて怖そうな人なんだ」とびくびくしていたがその後心底優しい方だということが判明した。正反対すぎてギャップが漫画のようだった。(ご本人が読まれていたらすみません)

ラパスに着いた当日はそのまま体調が優れず外出せず過ごし、次の日にようやく高山病の症状が緩和したので観光に出かけた。
初めての南米旅行#1 -La Pazに書いたとおり、ラパスはすり鉢状で高低の差が大きくて500mはあるユニークな都市なので、言うまでもなく町中は坂道だらけである。しかしすり鉢の底を中心に道が放射線状に伸びているので、迷うことが無い。迷ったら下に降りて行けばよい。

交通手段は主にミクロとミニブス(busをブスと読む)と呼ばれるバスかタクシーで、このミニブスというのがおもしろい。バスといってもワンボックスカーなのだが、運転手の他に乗合員として後部座席のドアの場所に一人いて、この人がお金を回収したり、ドアを開けたり、行き先を大声で怒鳴って客寄せをしたりする。男ばかりかと思いきや意外に男女半々で、人気のある路線だとぎゅうぎゅう詰めで座席の無いところに座るはめになったりする。この人の采配次第で一日の売り上げにちょっとした差ができそうだった。

夜はアンデス音楽を聞こうということでボリビアの伝統舞踊のショーを見ながらご飯を食べられるレストランに行った。完全に観光客向けで装飾もけばけばしく、ショーに出てる女の子のスカートも伝統という割に短いのでいかがわしいこと(後で「お客さん、どの娘がお気に召したでせうか」的な斡旋が来たりとか)を想像してしまったが、南雲さんによると2月のカーニバル中はこういう服装が普通で、いやらしくもなんともないらしい。いやらしいのは私の目であったが、勝手に自粛してしまいショーの後半は写真に撮らなかった。やましくないのなら撮っておけばよかった。(でも普通にパンツ見えてましたから)

ラパスではこのように一日を過ごしたが、ボリビアは思っていたよりよほど治安もよく旅行者にうれしい国であった。南米諸国の中でも最も物価が安く、低所得者層も多いし、クーデターも100回以上起こっていると聞くとなんて危なさそうな国なんだと思うが、行ってみるとこれほど親しみやすい国だったのかと驚いた。

高山病だけは本当にきつかったが、標高が高いだけに地形はユニークで、他の場所で見たことのないものがたくさんあった。インディヘナの女性は山高帽をかぶり、カラフルなストライプの柄の布をふろしきにして歩いていたり、道端でジュースを売っていたりした。商売人もタクシーの運転手も外国人だからふっかけるということも一切せず、こちらがスペイン語に不自由だという以外では他のボリビア人に対する態度と全く同じような態度で接した。外国人・アジア人だからといって嫌な目に遭ったことなど一度もなかった。

もっとも私たちが行ったウユニ・ラパスはどちらも観光地として有名なので現地人が外国人慣れしている、というのもあると思う。現に中南米をずっと自転車で通ってきた磯田さんは「チーナ!」(中国人)と叫ばれたり石を投げられたり(!)したそうだ。ドイツですらそうだったが、田舎ではアジア人慣れしていないので悪目立ちしてしまうのだと思う。

それにしても、誰も現地の人が騙そうとか引っ掛けようとかしなかった、というのはこのままアルゼンチンでも続くのだが、これはお金持ちでない国を旅行している中で稀有なことだ。おかげで旅を思い返すと今も爽やかな後味が残っている。

一番ホテルからの夜景