先生が生徒に評価されます

近くの大学でいくつかの授業を聴講した私ですが、秋学期が終わったのが12月頭。無事成績も返ってきてバケーションに行ったりマラソン大会に出たり昼まで寝たりと我が世の春を謳歌してました。
そうしたらあっという間に春学期が来週から始まってしまうではないですか。
いくらだらしのない私でも、秋学期の〆の記録をせねばとPCを開くわけです。

さすがに4カ月も授業に出ると、日本の大学との違いに「ほほー」となることも少なくなりますが、最後の最後に大きなカルチャーショックが来ました。学生が教授を評価する仕組みです。

今でこそ日本でも学生による評価制度があるのかもしれませんが、私が大学生だった当時はそんな評価はしたことありませんでした。(あれ…なかった、たぶん)
評価は教授が学生に対してするもので、その逆は無いという認識でした。なので、その仕組みを聞いたとき、とりわけ正規の大学生に比べると学費も雀の涙程度である聴講という身分にも関わらず評価を求められたときは驚きました。
評価レベルは1-5まで、教授本人に対する評価・授業内容に対するそれぞれの評価を数字でマークシートに塗りつぶします。学生が書きこんだあとの紙はもう教授は触ることができません。なので、全員が記入した紙はクラス内の学生がまとめて大学の管理部に届けます。

触ることすら禁止されるって、この評価が将来にどの程度影響あるのだろう、と思いましたがビジネスの教授によると、彼女の知人で3回連続で評価の悪かった教授がその大学をクビになってしまったそうです。失職…なんてシビア。でも、「モノを教える」という教育と言う名のサービスが仕事の人が、顧客(学生)の満足いくようにサービス提供できなかったわけでそれもそうかと。

自分の大学時代を振りかえると本当に時間の無駄だった、という授業をかなり受けた記憶があります。(Journalistinという発音を延々と繰り返すだけのドイツ語の授業とか)。この人は発音学の権威、おもしろいはず、と暗示をかけないと座ってもいられないほど苦痛でした。でもどう考えてもやっぱりつまらない授業だった。あのとき学生の側から教授を評価することができたら、自分の飲み込みの悪さは棚に上げて、いかに意味のない授業か、つまらないか、声を上げる機会にはなっただろうに、と惜しい気持ちがします。

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